函館ストーリー「やきそばパンと放課後」
とても爽やかな午後だった。
青空には白い羊雲が浮かび、風はやさしく吹いていた。
僕は、彼女が待つラッキーピエロ・マリーナ末広店へと急いでいた。
彼女と出会ったのは、ちょうど一年前。
あの日も、こんな風が吹いていた。
がらんとした教室にひとり残っていた僕は、窓から吹き込む風に誘われるように外を眺めていた。
《夏が来た》——そんな気がして、しばらく動けなかった。
急に腹がへって、売店にやきそばパンを買いに行こうとしたそのとき、 「森川くん、どこ行くの?」 と声をかけてきたのが、松原みのりだった。
彼女は小柄だけど、背筋を伸ばして歩く姿が印象的で、 少し伸ばした髪をきれいにまとめていた。
その瞳が、キラキラと僕を見つめていた。
「売店、もう終わってるよ」
「えー、腹へったのに」
「お弁当、2時間目に食べちゃうからでしょ」
「朝食べてないんだよ」
「寝坊したんだ(笑)」
「それ言うなって」
「今、何食べたいの?」
「やきそばパン」
「そんなに好きなの?」
「好きっていうか、腹へった…」
「じゃあ、買ってきてあげようか?」
「マジで?」
「ほんとに、やきそばパン?」
「ほんとに、やきそばパン!」
待ちくたびれて大きなあくびをした頃、彼女が戻ってきた。
「はい、メロンパン!」
「えっ?」
「その顔、ウケる(笑)」
「チェッ、遅いじゃん」
「ごめんね。ほんとは売店、終わってなかったの」
「えっ、マジ?」
「やきそばパン、ちゃんと買ってきたよ。一緒に食べよ」
石畳の坂道に、夏の太陽がまぶしく降り注いでいた。
それは、一年前と同じ風が吹く、ある夏の日の午後だった。
あとがき…
この物語は、やきそばパンをめぐる彼女の小さな嘘と、風に揺れる高校生の心を描いたものです。
放課後の教室、売店のやりとり、そして坂道の太陽——
どれも、過ぎてしまえばささやかな記憶だけれど、青春の一瞬として、静かに胸に残ります。 読んでくださったあなたの中にも、風の匂いとともに、ひとつの夏がよみがえりますように。
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