函館ストーリー〈春〉

ホワイトデーの日、郵便受けに大きな封筒が届いていた。

 中には、ロイズの板チョコと、一枚のメモ。

「函館の金森赤レンガ倉庫で、見つけた。」

それだけ。

彼らしい、そっけないひと言。


遠距離恋愛中の彼とは、いつもこんな調子で、LINEも電話もほとんどない。

正直、自分でも彼のどこが好きなのか、よくわからない。

でも、板チョコの重みと、包装紙の光沢が、なぜか胸に残った。


お礼の手紙を書くことにした。

「でも、便箋なんてないし、わざわざ買いに行くのも面倒だな」 迷った末に、板チョコの包装紙をレターペーパーに選んだ。

ペン先が滑る包装紙に、そっと言葉を綴る。

チョコ、ありがとう。 赤レンガ倉庫で見つけたって書いてあったけど、 そのときの空の色とか、風の匂いとか、 あなたは覚えてるかな?

私は、まだ函館に行ったことがないの。

でも、あなたがそこにいたって思うだけで、 少しだけ、近く感じられました。

手紙を折りたたみ、封筒に入れて送った。 

封筒の裏には、私の名前だけ書いた。


数日後、ポストに小さな封筒が届いた。

中には、金森赤レンガ倉庫の写真と、短いメッセージ。

このベンチに座って、君の手紙を読んだ。

風が冷たかったけど、包装紙の文字があたたかかった。

ポストカードには、夕暮れの赤レンガ倉庫と、ベンチの影。 

赤レンガの壁に寄り添うように置かれたベンチの隣に、 彼が置いたコーヒーカップが写っていた。


風の音も、潮の匂いも、写真越しには届かない。 

それでも、彼がそこにいたという事実が、 包装紙に書いた言葉を、少しだけ本物にしてくれる気がした。



あとがき…

この物語は、遠く離れたふたりが、板チョコの包装紙に書かれた言葉と函館の風景を通して、少しだけ心を近づける物語です。 春の空気に揺れる気持ちが、読んでくださった方の胸にもそっと届きますように。