函館ストーリー「涙の坂に、冬の灯り」

私は、雪を踏みしめながら八幡坂を登っていた。   足元で、きゅっ…と小さな音がして、そのたびに冬の空気が頬を刺す。 坂の上では、石畳の道も、レトロな洋館も、うっすらと雪の化粧をまとい、まるで古い絵本の一頁のように静…

函館ストーリー「霧の夜、声だけが灯る」

「電話くれてありがとう。初めてだね…嬉しかった、とても」 一年前に別れた彼が、初めて電話をくれた。 「やぁー、元気?」 それだけの、短い一言。   受話器の向こうで、少しだけ海風の音が混じった気がした。 付き合って…

函館ストーリー「雪の夜、熱燗を街で」

彼女は、一人カウンターで熱燗を飲んでいた。   湯気の立つ徳利をそっと傾けると、立ちのぼる酒気が目にしみた。   店の奥では、古いラジオが小さく演歌を流し、外からは路面電車の走る音が、雪に吸い込まれるように響いてく…

函館ストーリー「セーターの約束」

コートの下は、オフホワイトのオックスフォードシャツ一枚だった。 首元に巻いたマフラーの隙間から、冷たい風が忍び込んでくる。 それでも、今日はこの服で行こうと決めていた。 向かうのは、ベイエリア。 ライトアップされた赤レ…

函館ストーリー「静かなクリスマス」

クリスマスの夕暮れ、リビングの温度は7℃だった。 オレンジ色の照明が、ほんの少しだけ部屋をあたためているように見えた。 僕は暖房のスイッチを入れ、軽く掃除をした。 窓の外では雪が舞い始め、ライトアップされた洋館が幻想的…

函館ストーリー「夜景のかわりに」

お昼までは、あんなに澄んだ青空が広がっていたのに—— 夕方になると、大粒の雪がしんしんと降り始めた。 僕たちは、楽しみにしていた函館山からの夜景をあきらめることにした。 ホテルの窓辺に立ち、外を見下ろす。 雪に煙るベイ…

函館ストーリー「坂道の風が呼ぶ街で」

そして、私は旅に出た。 旅といっても、気ままな一人旅―― 女ひとりの、静かな旅だ。 夜明けまでに、しがらみをすべて置いてきた。 胸の奥に溜まっていた重さを、ひとつずつ手放すようにして家を出た。 行き先は、ずっと決め…

函館ストーリー「雪を待つバーで」

ホテルのバーで、彼女がぽつりとつぶやいた。  「雪が見たい…」 その声は、グラスの氷が溶ける音よりも静かで、どこか遠くを見つめていた。 昨年、女友達と訪れた冬の函館―― 白い息が夜空にほどけ、街灯の光が雪に反射して…

函館ストーリー「潮騒のメロディー」

とりあえず、海へ向かった。 函館の大森海岸は、秋の光を受けていっそう青く澄み、波間には冷たい風が白い筋を描いていた。  海沿いの遊歩道には、落ち葉が風に押されてカサリと転がっていく。 僕は、青いダウンジャケットの襟…

函館ストーリー「ローファーの午後、函館の風」

「ねぇ、逢いたいの。新しい靴をおろしたの、だから…」 「二十分くらい遅れるけど、いいかな?」 「とっても素敵な靴なの。だから、少しでも逢いたいの」 「なるべく早く行くよ」 待ち合わせの場所に着くと、彼女はじっと自…