函館ストーリー「坂道の風が呼ぶ街で」
そして、私は旅に出た。
旅といっても、気ままな一人旅―― 女ひとりの、静かな旅だ。
夜明けまでに、しがらみをすべて置いてきた。
胸の奥に溜まっていた重さを、ひとつずつ手放すようにして家を出た。
行き先は、ずっと決めていた。
再生するなら、あの街しかない。
秋の風が似合う街、函館。
初めて訪れたとき、私はこの街の空気に救われた。
海の匂いを含んだ風、坂道の上から見下ろす港の光、 夕暮れに染まる赤レンガ倉庫の静かな温度。
どれもが、心の奥のざわめきをそっと撫でてくれた。
だから、もう一度ここに来たかった。
今度は、立ち上がるために。
私は、美しい景色を写真ではなく、見たままの温度で詩に書きとめていった。
八幡坂の上で吹き抜ける風は、夏の名残をわずかに残しながらも、 確かに秋の匂いを運んでくる。
海沿いの遊歩道には、色づいた葉が風に押されて転がり、 遠くには函館山が、薄い雲をまとって静かに佇んでいた。
やがて詩を書くことは、私の願いへと繋がっていくのだろう。
「私は、この街で再生し、再び立ち上がるのだ」
そう心の中でそっとつぶやく。
口笛を風にのせて、私は坂道を歩き出した。
秋の函館の空気は澄んでいて、 まるで新しい私を迎え入れてくれるようだった。
あとがき…
秋の函館には、季節の境目にしかない静かな力があります。
海から吹く風は冷たく、坂道の上から見える景色はどこか懐かしく、 街全体が「立ち止まってもいい」と囁いてくれるようです。
この物語を書きながら、 主人公が函館を選んだ理由――
それは、景色の美しさだけではなく、 “心がほどける場所”としての函館の存在そのものだと感じました。
再生は、劇的な瞬間ではなく、 静かな風や、落ち葉の音や、港の灯りのように、 気づかないうちに少しずつ始まるものなのかもしれません。
この物語が、読んでくださった方の心にも、 そっと寄り添う風のように残ってくれたなら嬉しく思います。

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