函館ストーリー「夏空のビアガーデン」
夏の函館には、青空がよく似合う。
今日、彼女とふたりきりのビアガーデンを開いた。
場所は、港の見える小さな屋上。
赤レンガ倉庫の向こうに、海がきらめいている。
グラスの底から立ちのぼる水泡が、白い泡へと変わる瞬間——
一羽のカモメが、潮風に乗って飛来してきた。
その羽音に、彼女がふと空を見上げる。
「飛んでるね」
「うん、夏だね」
そんな言葉が、氷の溶ける音に混じって消えていく。
「さあ、飲もう。まずは乾杯だ」
グラスを合わせる音が、遠くのクルーズ船の汽笛と重なった。
ビールの苦みが、今日の暑さをすっと洗い流していく。
テーブルの上には、函館ラーメンサラダと、冷えた枝豆。
彼女が選んだ浴衣には、朝顔の模様が揺れていた。
風が吹くたびに、髪が頬にかかる。
そのたびに、僕は少しだけ、夏の魔法を信じたくなる。
夕暮れが近づくと、空の青が少しずつ金色に染まりはじめる。
カモメはもういない。
代わりに、港の灯りがぽつりぽつりと灯っていく。
「また来ようね」
「うん、来年も」
そんな約束が、グラスの底に残った泡のように、静かに揺れていた。
そして、僕たちのサマータイムが始まった。
あとがき…
この物語は、函館の夏に吹く風と、ふたりのささやかな時間を描いたものです。
赤レンガ倉庫の向こうに広がる海、カモメの羽音、浴衣の朝顔——
どれも、過ぎてしまえば儚いけれど、確かにそこにあった季節の記憶。
読んでくださったあなたの中にも、ひとつの夏がそっと灯りますように。
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