函館ストーリー〈春〉

僕たちは魚見坂を上り、カフェテリア・モーリエに立ち寄った。 

大きな窓の向こうには、早春の海が青くきらめきながら、眼下に広がっている。 

ロシア料理の店で、僕たちはピロシキとロシアンティーを注文した。


「これ、飲んでみたかったの〜」 彼女は笑顔でロシアンティーを口に運ぶ。 

バラのジャムがふわりと香り、僕の鼻孔をくすぐった。

「心の中まで、温まるわ」 そう言って、彼女はそっと目を閉じた。

 僕たちが付き合って初めて迎える、春の訪れだった。


僕の胸の奥で、GLAYのメロディーが静かに流れていた。 

この店はGLAYのMVのロケ地でもあり、彼女はその大ファンだ。

そして、ふと思ったんだ。

彼女となら、僕の心はきっと、二つに割れることなんてない――そう、確信した。


春の函館は、まだ肌寒い風の中に、確かなぬくもりを忍ばせている。 

そのぬくもりは、彼女の笑顔と、バラのジャムの香りと、GLAYのメロディーの中に、そっと息づいていた。