街には、北北西の風が吹いている。

元町にあるカトリック元町教会の風見鶏は、函館山を指したままだ。

 

やがて海風は、潮の香りとパンの焼ける匂いを運んできた。

僕は、彼女が昨日忘れていったチェックのシャツを洗っていた。

暑い日差しを受けたそのシャツは、翌々日、彼女のもとへと届いた。

 

「凪紗へ。天気が良かったので洗っておいたよ!」

彼の癖のある字で書かれたメモが、胸ポケットにそっと入っていた。

 

彼女は、宅配便で届いたチェックのシャツに着替えると、クーラーをオフにして── 窓を開け、扇風機をオンにした。

 

やがて彼女は、ソファでうとうと。

扇風機のおかげで、潮風に吹かれた夢を見ることができた。

夢の中で、彼女は潮風とパンの焼ける匂いを感じていた。

部屋の中では、函館の北北西の風が、優しくそよいでいるようだった。

 

「恋には、距離の長さは関係ない!」

夢の中で、彼がそう言って微笑んでいる。

それは、遠距離恋愛の寂しさを、素敵に変えた瞬間だった。

 

 

あとがき:風と匂いの記憶

函館の夏は、風と匂いが記憶を運んでくれます。

この物語は、チェックのシャツと潮風を通して、離れていてもつながっている二人の心を描いたものです。

パンの焼ける匂いも、風見鶏の向きも、すべてが静かに彼女の部屋へ届いていました。

読んでくださった方の中にも、そんな風がそっと吹いていたら嬉しく思います。