函館ストーリー〈春〉

今日、久しぶりに彼女と会う。

前の晩、僕は彼女の夢を見た。 

春の明け方に見る夢は、正夢になるのだという。

夢の中で僕は、彼女にプロポーズする直前に目が覚めてしまった。


待ち合わせは、旧イギリス領事館のカフェ。 

彼女は窓際の席で、本を読んでいる。 

僕は、入り口の前で三度深呼吸をしてから、そっと中へ入った。


彼女はほとんど化粧をしていなかった。 

その素顔が、驚くほど美しいと思った。 

「その素顔が、すてきだよ……」 そう言いたかったのに、うまく言葉にならず、僕は俯いて口の中でごもごもとつぶやいた。

「んっ?」 小首をかしげた彼女が、まっすぐ僕を見つめている。

「よっ、良かったら……僕と一緒に暮らさないか?」 勇気を振り絞って、緊張しながら、僕はそう呟いた。 

「うまく言えないけど……君と一緒にいる時間が、僕の一番好きな季節なんだ。これからも、ずっと一緒にいたい」


「そうね、桜が咲く頃にね」

 彼女は、春の陽だまりのような笑顔でそう答えた。